2017年11月25日

湖の男             アーナルデュル・インドリダソン著

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 2017年9月22日発行 東京創元社

 本書は、著者の、アイスランドの首都レイキャビク警察の犯罪捜査官エーレンデュルを主人公とするシリーズ第4弾である。本書もまた、暗く重苦しい北欧ミステリの面目躍如たる作品で、2日かけて読み終えた今、ぐったりとした疲労感を感じている。

 現代の、レイキャビクでのエーレンデユルたちの捜査の過程と並行するように語られる一人の男のモノローグ。その主な舞台となるのが、1950年代の東ドイツの2番目の都市ライプツィヒ。その頃のライプツィヒは、1949年に東西に分裂したドイツの中で、ソ連側のドイツ民主共和国(東ドイツ)の中核都市であった。

 アイスランドで社会主義者の家族の下で育った「男」は、東ヨーロッパやソヴィエトに行ってみたくて仕方がなかったが、東ドイツの社会主義統一党がアイスランドの若者をライプツィヒの大学に招いているということを聞き、チャンスとばかりに応募する。その後、彼のモノローグは、ライプツィヒでの留学生活、そこで出会ったハンガリーから来ている女性との恋愛、彼女が関わっている秘密結社のような地下活動、次第に姿を現してくる相互監視という名のスパイ行為などについて語られていく。

 本書の原題は「クレイヴァルヴァトン」というのだが、それは、本書の冒頭で、骸骨が発見された湖の名前である。見つけたのは、エネルギー庁の水専門の研究員の女性で、1964年以降その湖の水位が異常な速さで下がっていることに注目して以来、水位測定器の表示を定期的にチェックすることが研究員たちの仕事の一つになっていたのだという。その現象のせいで、普通なら発見されなかったであろう人骨の発見に繋がった。それを読んで、先日読んだ「僕たちのアラル」のことを思い出した私であった。

 見つかった30年ほど前の人骨の身元を探る捜査の合間に、エーレンデュル、その同僚のエリンボルク、シグルデュル・オーリ、そして、エーレンデュルの娘エヴァ・リンド、今回初登場の息子シンドリ・スナイルなどの近況が語られる。エリンボルクは趣味の料理の腕を上げ料理本を出版し、シグルデュル・オーリは妻のベルクソラが不妊治療の末妊娠に成功するが、途中で流産してしまう。エーレンデュルは、前巻の「声」で出会った検査技師ヴァルゲルデュルとの関係が大きく前進するが、子供たちとの関係はまだまだ前途多難という様子である。

 今回の作品は、冒頭の白骨発見以降、特にストーリー上何か大きなことが起きるでもなし、エーレンデュルが、一つの手掛かりに異常に固執する理由が、30年前に行方不明になった婚約者をいまもひたすら待ち続ける女性への哀れさという、彼の“勘”しかない状況での細々とした捜査が連綿と続く地味な内容もあって、今一つ興奮させられるものがなかったというのが正直なところだ。だが、エーレンデュルの勘は見事に的中し、待ち続けた女性に一つの答えを与えることが出来た。

 恐ろしかったのは、冷戦下での東側諸国の疑心暗鬼になるほどの思想統制である。だが、訳者が、いみじくもあとがきで述べているように、『今この本を読んで、このような自由の剥奪と強権的な政治は過去のことで、自分たちの国にはないと言い切れる人がどれだけいるだろうかと思う』。地味なストーリーではあったが、途中で読むのをやめたいなどとは一度たりとも思わないし、むしろその世界に浸れるのをいつくしみながら続きを読むことが出来るのは、主人公エーレンデュルの魅力によるところが大きいと思う。次巻が早くも楽しみである。

【あらすじ】
 干上がった湖の底で発見された白骨。頭蓋骨には穴が空き、壊れたソ連製の盗聴器が体に結びつけられている。エーレンデュル捜査官たちは、丹念な捜査の末、ひとつの失踪事件に行き当たった。30年前、一人の農業機械のセールスマンが婚約者を残し消息を絶っていたのだ。男は偽名を使っており、アイスランドに彼の記録は一切なかった。男は何者で、なぜ消されたのか?過去にさかのぼる捜査が浮かび上がらせたのは、時代に翻弄された人々の哀しい真実だった。
posted by ミステリーハンター at 22:02| Comment(0) | 海外ミステリー他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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